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2009年9月

大黒屋光太夫眠る白子若松

 2月、氷雨が降る中、大黒屋光太夫のふるさとを訪ねた。津から伊勢若松まで近鉄列車に乗って、コンビニも食堂もない駅前を歩き始めた。金沢川を北に渡って小さな露地に入ると、「大黒屋光太夫の供養碑」という小さな目印があった。少し歩いた若松小学校の校庭にロシア服を着た小ぶりの光太夫像もあった。小学校に資料館もあったが、休日で休館だった。

 その後、立派な資料館が建てられ、町を挙げて光太夫を顕彰しているが、2004年の2月当時、光太夫を偲ぶよすがはそれだけしかなかった。

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南洋に飛躍した紀伊漁民

 三重県庁にあいさつに行くとパラオの話が出た。友好姉妹関係にあるのだ。クニオ・ナカムラ大統領の父親にあたる人が実は伊勢市の船大工で戦前にパラオに渡ったのだという。パラオには2002年に行ったことがあるので三重県が近いものになった。

 パラオはグアムからさらに飛行機に乗り継がなければならない。日本列島のほぼ南4000キロにある島国だ。第一次大戦で日本の委任統治領となって日本からの定期航路もできて発展した。戦前、パラオの巨大な環礁の内海は帝国海軍の泊地ともなっていた。1994年独立して、ナカムラさんが大統領になったくらいだから、日本人姓を持つ人も少なくない。

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飛鳥山と熊野をつなぐ800年

 飛鳥山について書きたい。JR王子駅の西側にある公園のキーワードは「飛鳥」と「王子」である。

 飛鳥山のサクラは八代将軍吉宗がサクラを植えさせ、庶民に開放したところから始まるのだが、この地になぜ「飛鳥」(あすか)の地名があるか。飛鳥 といえば、多くは奈良盆地の飛鳥を思い浮かべるのだと思う。現在、地名としては「明日香村」だが、昭和の大合併までは飛鳥村と表記した。

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松阪山中の奥墓

 しきしまの大和心を人とはば 朝日ににおふ山桜ばな

 あまりにも人口に膾炙された本居宣長のうた。国学の開祖の一人である宣長の墓は松阪市郊外の山中にある。生前自ら設計した通りにつくられ、そこに一本の山桜を植えるよう命じた。宣長が死んだのは1801年だからすでに200年以上の歳月が経つ。

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「あいうえお」の発明

 伊勢に赴任が決まった時、友人の平岩優さんが一冊の本をくれた。明治期、日本語の礎を築いた碩学、大槻文彦の生涯を描いた『言葉の海へ』(高田宏著、新潮文庫)だった。言葉の意味を50音順に並べた初の国語辞書『言海』を編集した人物との紹介があった。

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