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高鴨神社

 高鴨神社(たかかも)

 御所市鴨神1110

 祭神  味治須岐高彦根命
 配祀 下照比売命、天稚彦命  
     または高鴨神

 由緒 この地は大和の名門の豪族である鴨の一族の発祥の地で本社はその鴨族が守護神として祀った。この神社付近には忍海漢人と呼ばれる渡来人系の韓鍛冶部が居住していた。剣や農器具(鍬など)を制作していた。風の強い地域であり古代の製鉄の場所であったと思われる。

 『延喜式』神名帳には葛上郡の最後に記されているが「高鴨阿治須岐詫彦根命(たかかもあじすきたかひこねのみこと)神社」とみえ、名神大社であっ た。清和天皇貞観元(八五九)年正月には、大和の名社である大神神社や大和大国魂神社とならんで従二位の神階にあった本社の祭神もともに従一位に叙せられ た。由緒をもつ古社であった。

 雄略天皇により土佐に流されたとされる神ともされるが、どうもこれは定かではない。土佐では一言主神とされるが、この神は阿治須岐詫彦根命の分霊と見なされているようだ。下段に参考に掲げた「鴨の神々-土佐から来た神は-」を参照のこと。

 弥生中期、鴨族の一部はこの丘陵から大和平野の西南端今の御所市に移り、葛城川の岸辺に鴨都波神社をまつって水稲生活をはじめた。また東持田の地 に移った一派も葛木御歳神社を中心に、同じく水稲耕作に入った。 それで、この高鴨神社を上鴨社、御歳神社を中鴨社、鴨都波神社を下鴨社と呼ぶようになった、ともに鴨一族の神社である。

 鴨一族はひろく全国に分布し、賀茂(加茂・賀毛)を郡名にするものが安芸・播磨・美濃・三河・佐渡の国にみられ、郷村名にいたっては数十におよぶ。中でも京都の賀茂大社は有名社で、本社はそれら賀茂社の総社にあたると言う。

 『日本書紀』によると、葛野主殿県主の祖のヤタガラスが、神武天皇を熊野から大和へ道案内したことが記されている。ヤタガラスは山城賀茂族の祖と されている。また山城賀茂族はここ大和葛城の鴨族が流れていったとか、鴨の使用人が鴨を名乗ったの説もあるが、これは定かではない。

 神社由緒には「鴨族の祖先のヤタガラス」と言う表現がある。一体『記紀』のどこにカラスがカモの祖と書いてあるのか?この神社の祭神はカラスなの か? 国内での屈指の古社、古社の中の古社である。関係者はもっとこの神社に誇りを持って欲しい。由緒書きの訂正をお願いする。

 また神武・綏靖・安寧の三帝は鴨族の主長の娘を后とし、葛城山麓に葛城王朝の基礎をつくったとの鳥越憲三郎氏の説もあるが、学界では少数派。

 葛城の鴨族の祖は『新撰姓氏録』にあるように、大物主大神の子の大田田根子神であり、遠祖としてはアジスキタカヒコネノカミであり、ヤカガラスは 宇陀に神社が創建されているように葛城とは関係がなく、秦氏と天皇家の崇敬を受けた山城の賀茂二社が勢いを持った時に出来た伝承でと思う。

 建国の歴史にまつわる由緒ある土地のため、鴨族の神々の活躍は神話の中で大きく物語られている。高天原から皇室の御祖先であるニニギノミコトがこ の国土に降臨される天孫降臨の説話は、日本神話のピークであるがその中で本社の祭神であるアジスキタカヒコネノカミ・シタテルヒメノカミ・アメワカヒコ、 さらに下鴨社の事代主神が、国造りの大業に参画している。

 本殿にはアジスキタカヒコネノカミを主神とし、その前にシタテルヒメノカミとアメワカヒコノミコトの二神が配祀、西神社には母神のタギリビメノミ コトが祀られている。 古くはアジスキタカヒコネノカミとシタテルヒメノカミの二柱をまつり 、後に神話の影響を受けてシタテルヒメの夫とされたアメワカヒコ、、また母神とさ れたタギリビメノを加え、四柱の祭神となったものである。

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コメント

とても魅力的な記事でした。
また遊びに来ます!!

投稿: 履歴書の特技 | 2013年5月 8日 (水) 14時24分

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