■志摩で見つけた熨斗紙の由来
その国崎にはぐうぜんたどり着いた。週末を鳥羽のホテルで過ごそうと大阪の飲み屋「かぼちゃ」の仲間が言い出し、7人で一晩温泉を楽しみ、さて翌日何を
して過ごそうかと迷ったとき、国崎というところでアワビの神宮奉納祭があると聞いた。海女たちが見られると思い、みなに提案した。
奉納祭は「御潜(みかづき)神事」といい、年に一度、伊勢神宮に熨斗アワビを奉納する祭事である。国崎には海士潜女神社があり、その宮司がこの祭事を司
る。近くには、神宮司庁所管の「御料鰒調整所」もあり、地元の人の手により熨斗アワビがつくられ続けている。
その昔、天照大神(あまてらすおおみかみ)の安住の地を伊勢に求めたという倭姫(やまとひめ)が国崎に来た際に、「おべん」という海女が差し上げたアワ
ビをとても喜び、伊勢神宮に神饌(しんせん)として奉納するよう求めたという伝承に基づくものだから、歴史は古い。
奉納祭では、熨斗アワビづくりの実演もあると聞いていた。熨斗アワビとは干しアワビのことである。国崎に行く途中、この「熨斗」が話題になった。
まず「熨斗」という漢字が書けるかみなで頭を痛めた。だれも書けなかった。そして「熨斗」の意味になった。
「のしイカとか、伸ばしてほしたものやろ」
「熨斗袋とかあるやん。ひょっとして熨斗アワビと関係あるんちゃうか」
と言い出したものがあった。
「そうかもしれんな」。
車内がみなうなづいた。
「だけど、なんで贈り物に熨斗紙をつけるんやろ」
延々と話したが、結論が出るはずがない。
国崎の浜に着くと大勢の海女たちが神事の準備をしていた。海女さんたちは総勢80人もいた。志摩周辺には1300人の海女が現役で潜っていると聞いてさ
らに驚いた。この辺りをドライブするとすぐに分かることだが、浜辺に海女小屋と呼ばれるトタン葺きの小さな小屋が並んでいる。あまりにも粗末なので一見、
過去のものかと思っていたが、すべて現役なのだということを実感した。
この日は神事であるから儀式である。儀式ながら、海女たちが浜から海に向かい一斉に素潜りを見せてくれる。これは壮観である。泳ぎながら、しぶきを上げ
ることなく体を回転させて潜る時、一瞬ひざから下がスッと海面に出てそのまま垂直に姿を消す。水泳競技のシンクロナイズドを思い起こさせるその姿はなかな
か美しい。
明治時代になって水中眼鏡が出てきて仕事はやりやすくなったそうなのだが、彼女たちはぜったいにアクアラングを付けては潜らない。アワビやサザエなどの
資源の乱獲を防ぐのが目的なのだろう。これほどの数の海女がいれば一人ぐらい不届き者がいてのよさそうなのだが、そうした話はいっさいない。世情、環境だ
とか資源だとか騒がしいが、海女たちにとってそんなことは先刻ご承知なのだろう。
さて「熨斗」である。国崎の浜で聞いた話である。熨斗紙の由来はやはり熨斗アワビから来ているということで、この国崎が発祥の地なのだそうだ。
熨斗アワビは古来、神様にも捧げられていたほど宮廷でも珍重された食べ物だった。生のアワビをリンゴの皮をむくように回転させながら細長い帯のように
し、天日で干した上、ローラーのようなもので伸ばしてつくる。それを紙に包んで贈り物としていたそうだ。
古来、干しアワビそのものが贈り物だったが、いつのまにか贈り物の印となってしまったのが「熨斗」なのだ。熨斗紙の右上にある折りたたんだ紙の中に必ず
細い黄色い棒状のものがあるはずだ。その黄色い棒が干しアワビの変形なのだ。
志摩の人たちがだれでも知っていることを多くの日本人たちが知らない。狭い日本だが、そんなことが津々浦々にあるのだろうと思うと楽しい。(2004年9月11日)
参考 「伊勢国酔夢譚」三重の海を潜る韓国人の海女
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