« 熊野を考える(1) | トップページ | 熊野を考える(2) »

吉良川に富をもたらした紀伊の備長炭

室戸市吉良川に漆喰(しっくい)壁の美しい町並みが残っている。
古くから林業が盛んだった。木材や炭を京阪神に売り込んで富を築いた。

ことの起こりは明治時代に植野虎次という紀伊からやってきたお遍路さんだった。
それまで吉良川では山から切り出したマキをそのまま売っていた。
そのマキは馬目樫という上質の木材だった。

Kiragawa 植野は吉良川の人たちに話した。
「もったいない。炭にすれば備長炭として高く売れる。よかったら教えてあげる」と。
やがて吉良川の炭は「上土佐備長炭」として京阪神を中心に販売されるようになった。
昭和11年から13年、全国の品評会で最高の品質の備長炭として評価され、
価格も1俵2円80銭にもなったとの記録が残っている。

明治29年、吉良川には金銅定年という村長がいた。
山内家からもらった2000町歩の山林を村の開発共済会として植林・保存することを決めた。
植林から50年で木材を商品化するサイクルを打ち立てたのだ。
当時、木材の販売代金は年間1万2000円になった。
村の経費はほとんどこれで賄えたという。
だから村民には一人何銭という人頭税のような税金しか課せなかった。
いまでいえば理想的な地方自治を高知県の隅っこで打ち立てたのだ。

当時でも、補助金や交付金に近いものはあったに違いない。
が、自治体が自らの入るを量って、出るを決めていた好例だ。
いまでは税金の半分以上を国が徴収する。
そして半分以上を地方が使っている。
だから、国は地方交付税交付金や補助金という形で地方に還付している、
この“ほどこす”形で地方に還付する方式は改めなければならない。
その時、どうしたら自活できるか。
それを自ら考えるのは自治体の責務であろう。

地産地消という言葉がはやっているが、ここで欠落しているのは価格である。
地元の商品やサービスが都会並みの価格では地産地消が泣く。
市で売られる野菜が大手スーパーと同じだからだれも地産地消に乗らない。
当然、売り上げも伸びない。
“半値以下”だからこそ買う方に価値がある。
売る方にしても農協など流通経費がかからない。
それに出荷価格より高く売れる。
双方に価値があるから成り立っているのだ。

そのむかし、講という助け合いの組織があった。
助け合いというより出来ることはすべて自分たちで行うというやり方である。
道の普請はもちろん家屋の建設すら村人が協力した。
この場合、かかる経費は材料費だけで、労働力は“奉仕”となるからゼロ。
当然ながら豊かさの指標となる経済統計には計上されない。
いま地域に必要をされるのは、こんな発想だ。

|

« 熊野を考える(1) | トップページ | 熊野を考える(2) »

熊野路」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/224454/16870206

この記事へのトラックバック一覧です: 吉良川に富をもたらした紀伊の備長炭:

» 交付金 [金]
農林水産省統合交付金要綱要領集(平成18年度版)商品価格:4,935円レビュー平均:0.0農林水産省統合交付金要綱要領集(平成19年度版)商品価格:4,935円レビュー平均:0.0農林水産省統合交付金要綱要領集商品価格:4,935円レビュー平均:0.0地域住宅交付金Q&A商品価格:2,5..... [続きを読む]

受信: 2007年10月26日 (金) 15時12分

« 熊野を考える(1) | トップページ | 熊野を考える(2) »