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■ダイダラボッチと世田谷代田

20070912_waraji_3  職場で「ダイタラボッチ」を話題にしていたら、横の編集スタッフが「世田谷代田」の「代田」の由来がくだんのダイダラボッチだと言い出した。
「うそだと思ったら、サイトを見てごらん」という。
 まさかと思ったら、どうやらそういう言い伝えがあるらしいのだ。

  そもそもダイダラボッチといっても知らない人も少なくないと思う。関西ではダンダラボッチともいう。三重県志摩市の大王崎では毎年9月、巨大なわらじをつ くって海に流す神事がある。毎年、一つ目の巨人が村に現れ、村娘を求めるなど狼藉を働き、人々を困らせた。村の知恵者が大きなわらじをつくって「村にはお まえより大きな巨人がいると思わせよう」と発案した。ダイダラボッチは以降、大王崎には現れなくなったそうだ。

 関東に伝わる話では、富士山はダイダラボッチが甲斐の土を掘ってつくったとか、赤城山の湖は、ダイダラボッチが腰掛けた跡だとかいわれているのだ。巨人神話の発祥は出雲だという説もある。

 ではダイダラボッチはいったいなんだったのだろうか。片目、片足の巨人で、踏鞴(たたら)を操り風を起こすという特徴から、タタラ鉄との関連を推 測する説もあるようだが、三重県に在住していたとき、筆者は台風なのではないかと考えた。片目、片足という点ではバッチリでしょう。村人に被害を与えると か、わらじを9月に海に流すことでも悪くない発想だと思っている。

 怖いものの順に「地震雷火事親父」という格言があるが、親父は間違いで本当は「山嵐」(やまじ)がいつの間にかなまったそうだ。山嵐とは台風のことである。

 この格言がいつ生まれたのか知らないが、神代の簡素な生活では台風が一番怖かったはずである。

 「代田」はダイダラボッチの足跡なのだそうだ。

 【写真】男衆らが大わらじを担ぎ、須場の浜に運んだ=志摩市大王町で=伊勢新聞
 巨大わらじ担ぎ、海へ 志摩の波切神社で奇祭

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